日本製鉄のUSスティール買収を読み解くカギとは
2023.12.29 カテゴリ: M&A、企業の業績分析、企業経営での留意点。
目次
1.買収価額は割高か?
先日、日本製鉄がUSスティールを買収するという発表がされました。株価的には割高という評価で以下のように大幅に下落したようです。
[東京 19日 ロイター記事] 「 東京株式市場で日本製鉄(5401.T)株が急落し、前日比で一時6%超下落した。同社は18日、米鉄鋼大手メーカーのUSスチール(X.N)を約2兆円で買収すると発表し、手掛かりになっている。市場では、買収価格が高いとの指摘や、収益悪化懸念が重しとの声が聞かれる。」
一株当たりの買収額は55ドルで、直近の株価に対して18日の株価が$39.55なので直近株価に対しては40%のプレミアムですが、これは直近の株価自体、他企業から買収提案があり株価が上昇した後のものです。過去6か月平均から見ると約24ドルなのでプレミアムは100%を超え、単に株価の推移だけを見ると一般的にはかなり割高といえるでしょう。
ただ、あくまで株価は株式市場の評価にすぎないのでそもそもその評価が過小評価、過大評価の可能性はあります。
よく言われるEBITDA(減価償却、支払利息を含まない税引前利益)倍率で見てみましょう。USスティールの直近の決算発表では2023年EBITDAは約$2Bくらい、日本円で約3000億円です。買収価額2兆円に対して約7倍弱取り立ててこれだけ見るとさほど高いようには見えません。
一般的な指標だと非常に割高とは言い切れないのではないでしょうか
2.買収の背景は何か?
一つは米国は鉄鋼に関して閉鎖的な国といえるので、米国市場に直接参入できるというのは一つの魅力といえます。加えてバイアメリカンということで国内市場回帰の流れもあるでしょう。
加えて、電炉(Mini Mill)を北米に展開していることも一つの買収理由とは記事などでは書かれていました。いわゆる日本製鉄の工場が基本的に高炉でありCO2を大量に排出するのに比較して電炉は環境にやさしいといわれていることがあります。
ただ、電炉はUSスティールが独自に始めたわけではなく2021年のBig River Stealの買収によるもので、発想は日本製鉄と同様かもしれません。そして、現在アーカンソー州に2つ目の電炉のプラントを建設中で来年完成予定、現在拡大中といえます。ただし、現在の生産量は22年のアニュアルレポートだと330万トンでUSスティール全体の2200万トンから見ると15%程度で現在は大きな存在とは言えないでしょう。ウクライナ戦争に伴う原料やスクラップの高騰により収益的には苦戦はしているといえます。
そのほか労働組合が強力で日本製鉄の買収に対して反対意見を出している、アメリカの独占禁止法の規制当局の対応などいろいろと難題は多そうです。
こんな買収ですが日本製鉄の財務的インパクトはどうでしょうか?
3.新日鉄の財務から
USスティールの借入金は約40億ドル(日本円で約6000億)現在の日本製鉄の有利子負債が2兆7千億、今回の買収額が約2兆円だと有利子負債は単純に5兆3000億となります。その結果負債はかなり多くなり財務体質としては悪化することは確かでしょう。
すべて借入で調達してそのままだとするとDEレシオ(負債を自己資本で割ったもの)は本年3月の数字で計算すると117%から165%に大幅上昇します。100%以下が目安なのでかなり、負債の負担が大きく財務安定性はかなり下がります。格付機関が格下げを行うのも理解はできます。
次にのれんをみていきます。USスティールの純資産は約100億ドル(1兆5千万円)で、購入価額2兆円、のれんは5000億程度です。2022年の最終利益が約25億ドル(約3750億円)から考えてもそんなにのれんの額が巨額とは言えないでしょう。
そしてIFRSなのでのれんの償却はなくROEなどは自己資本の金額は今回借入金で行うとすれば分母は変わらないので分子の利益が単純に約25億ドル増えるとすればかなりROEの数字的には良くなるといえます
まとめると財務的安定性は悪くなったが、収益性は高くなった、要するにリスクを取って収益性を高めたといえます。ただし、これは単純に目先の業績だけで判断していることであり、今後の統合、テコ入れ、市況などで結果は全く変わるでしょう。いかにも無謀な高値掴みの買収というわけではなく、それなりに考えられたものとはいえると思われます。