従業員不正を会計監査はなぜ発見できないか -JDIの従業員不正から
2019.12.11 カテゴリ: 会計・税務、会計不正、会計監査。
目次
1.JDIとは
先日JDIで約5億円の従業員による着服があったと発表がありました。概要を引用すると「2014 年7月から 2018 年 10 月にかけて、当社の管理部門の元従業員が、当社と取引実態の無い会社と取引があると欺罔し、その架空の取引先会社に対して業務委託費等の名目で金銭を振り込ませ、会社資金を不正に取得するとともに、契約書等に貼付すると欺罔し、収入印紙を不正に取得したものです。その結果、被害総額は約 578 百万円であります。」とのことです。
JDIは中小型の液晶ディスプレイ(スマホやタブレット)などの開発製造を行っています。ソニー、東芝、日立などの液晶部門を統合し、産業革新機構の支援を受けている日の丸液晶会社で2014年3月に上場しました。しかし、韓国・台湾勢との競争や有機ELの開発に遅れを取ったことで業績が低迷、2015年から2019年まですべて税引き後はマイナス、2018年は約2200億、2019年は約12200億の赤字を出し債務超過に転落しています。
このような経営不振企業で毎年のようにリストラを繰り返して人心も荒廃していたかもしれませんが、そもそもどうしてこんな5億を超えるような不正ができるのでしょうか?想像もかねて見ていきます。
2.架空取引の手法
会社側の発表ですと「架空の取引会社」とありますが、これはどのように創るのでしょうか?手口としては自分で新規に設立する、休眠会社を買ってくるの2つです。ここで休眠会社というのは、登記はされていても長期間で経営がされていない眠っている会社ですが、これを買ってきます。もう一つの方法としては自分で会社を設立する方法ですが、これだと協力者がいない限り代表取締役が自分の名前になって会社の商業登記簿謄本などに名前が載ってしまうのでリスクがあります。おそらく想像するにおそらく前者の方法でいろいろな文書の送付先をシェアオフィスなどにしておいたのではないかと思われます。一方この場合、ハードルが高いのが銀行口座の開設で結構社長の身分証明書類とか求められるのでここをどうやったか疑問です。後者のように自分が代表の会社を設立してしまう場合は特に問題なくできてしまいますが。
ここでポイントは「業務委託」ということで、商品や原材料のようにモノがないですから比較的バレにくいというところでしょう。自分が発注して、あとは経理の支払い担当に書類を回していたと思われます。手口自体はおそらく単純です。ところでなぜ会計監査や社内の目をくぐることができるのでしょうか?
3.なぜ会計監査で分からない
このような不正を会計監査で見つけることができるかというと私は一般的には難しいと思います。一つとして5年間で5億という金額は個人としては多額ですが年間7000億程度の売上があるJDIにとっては極めて少額です。会計監査の目的は財務諸表に「重要な」虚偽不正がないことを証明するですから金額的な重要性は低いと思われ、そもそもこういった少額な不正を発見することは監査の目的ではありません。
では監査ではどのような手続きをやっているのでしょうか?こういった費用項目での監査のリスクとしては網羅性が重視されています。どちらかというと監査のポイントはは費用を計上しなければならないものが簿外になっているケースがなく網羅的に費用が計上されているかです。したがって、確認状を取引先に直接送って相手に金額が正しいか確認してもらう手続きをします。おそらく監査人は架空の取引先の住所に確認状を送っていますから、この従業員が管理している住所に郵便が届いて本人が返事をすれば大丈夫なのでバレるとは思われません。
4.内部統制では防げない?
もし見つけるとすれば内部統制の監査です。内部統制とはすごくざっくり申し上げると企業の業務が適正に行われるためのルール・仕組みで内部統制の監査はこれはきちんと実効性をもって運用されているかを確認するものです。例えば大企業の内部統制としては、こういった架空の取引先を作ることのないようにアカウント登録というプロセスあるはずです。新規の取引をする際、会社の謄本や経営成績。HP閲覧などをするもので、本来はHPなどもきちんと更新していたかなどもチェックします。
また、支払いも請求書が来たら機械的に支払うのではなく、納品物との付け合わせが必要です。このケースの場合は、業務委託なので納品物がないとは思われますが、通常は発注者以外の他人がどんな業務なのか確認して承認します。まとめると、内部統制がきちんとしていれば、このような架空の会社なのですから何かしら不審な点は出てくると思います。多分いわゆるめくら判だったと想像されます。
内部統制監査ではこういった手続きをチェックしますが、現在、監査人は書類と印鑑しか見ませんから、おそらく形式はすべて整っていたかと思われます。あくまでも想像ですが、アカウント登録の際、必要な手続きは行い書類もそろっているし、支払いの時もきちんお請求書や承認の印鑑などは押してあり形式は整っていたでしょう。
要するに内部統制の手続きは整っていたけど形骸化していたということです。非常に古い話ですが、私が内部統制の監査をしていたとき、職人的会計士であった上司からこんな話をされたことを鮮明に覚えています。「印鑑が押しているかいないかをチェックするようなつまらない仕事をするな。きちんと実効性をもって上長等がチェックしているか心証を得るため、上長等ときちんと話をしてきなさい。極端な話、印鑑押していなくても、きちんと何人かが内容を確認している心証をえれば問題はないと判断しても差し支えない」と言われました。
ポイントは内部統制コントロールの実効性が確保されているかが大切で、書類がそろっている、印鑑が押してあるといった形式ばかりに目を奪われるなということです。おそらく監査時間の制約やマニュアル監査の浸透でこういった職人的監査はほぼ死滅し、企業でもよい意味での職人的な方は死滅して形式主義が幅を利かせているような気がしてなりません。
このあたりが不正の原因の温床になっているような気がしてなりません。非常に残念です。ちなみにこの担当者は自殺、その他の財務諸表を改ざんするといった会計不正もにおわせているようです。債務超過ギリギリの状態を繰り返していればこの誘因は十分あったと思われます。このあたりは第三者報告などを見ていきたいと思っています。