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ジョブ制度導入でこんな勘違いしていませんか?

2020.12.15 カテゴリ: 人の育て方企業経営での留意点経営戦略

1.欧米流の経営は日本になじまない?

 よく「欧米流の経営を取り入れる」という話が取り上げられるます。その際、よく失敗例が挙げられやっぱり欧米流は日本にはなじまないみたいな議論になるのですが本当でしょうか。別に欧米流が良いか日本流が良いかではなく、悪い経営手法は悪いし、良い経営手法は良いという単純な話だと思っています。たいてい本だけ読んで、または実践経験のないコンサルタントなどのいうことをうのみにして表面的な形だけとりいれるから失敗するのだと思います。

 よく挙げられるのが成果主義で失敗して職場が荒廃したという企業が少なからず存在しました。これも成果主義自体が悪いのではなく取り入れた手法が問題だったと思われます。失敗した例はたいてい、悪い意味での個人主義が蔓延し、チームワークが崩壊しというパターンが多いようです。よく話を聞くと大抵は設計の誤りが原因で、機械的かつ単線的な個人の「結果主義」になっていたので失敗したという要因が大きいのではないかと思われます。成功している企業は結果だけの単線の評価軸だけでなく、結果を出したプロセスやチームへの貢献度など複線的に成果を見ています。「仏作って魂はいらず」でその根本にある魂がなく形だけ入れるとそんなことになると思われます。

 コロナ渦におけるジョブ制導入も同様の轍を踏みそうだなと思って懸念していいます。さて、少しコロナ渦のジョブ制導入狂騒曲を見てきます

2.コロナ渦のジョブ制導入狂騒曲

 私は人事の専門家ではないのですが、ざっくり申しあげると以下だと思っています

メンバーシップ制 人に仕事を割り当てる
ジョブ制 仕事に人を割り当てる

 新聞紙上などでコロナ禍のため出社が出来なくなりテレワークとなったため現状のメンバーシップでは業務が回らなくなったと伝えられています。コロナ渦でテレワークになったため、みなが一人で仕事をしなければならなくなった時に誰にどう仕事割り振るかわからなくなり、一人で仕事が完結しないので大混乱になったというのがその原因です。

 そこで、ジョブ制ならばジョブディスクリプション(職務の内容)が決まっているので、一人でもできる?とにわかにジョブ制が注目を集めました。加えて、日本企業はジェネラリストだから何でもやらされる一方、優秀な人に仕事が集まり後はぶら下がっている人が多い、だから生産性が低いとされていましたが、それを解決する処方箋となるのではないかとも期待を集めています。

 しかし、一方でやはり形だけいれようとする企業も相変わらず多いようでトホホな話もちらほら聞こえてきます。ある企業でジョブ制を入れるために人事部に言われて管理職がヒアリングしてジョブディスクリプションを作っていますが、スキマの仕事必ずあります。するとそれは自分の仕事じゃないなどと部下が言い出して大変だとという話です。

 そんな部署の個々人によって異なるような内容のものはそもそもジョブディスクリプションでない気がするのですが・・・・

3.私のジョブディスクリプション体験から

 私のジョブディスクリプションの例を挙げてみます。私はグローバル欧米企業数社でファイナンス分野の職に従事していました。日本の会社に同様の部署は無いのですが経理・財務・経営企画を合わせたような分野が一番近いと思われます。

 確かに英文で2~3頁くらいのジョブディスクリプションがありますが、ファイナンス分野であればほぼどこの会社でも書いてある内容は大筋変わりません。多少、その会社の色は出ますが、想像外のことは書いてあったことがありません。したがって、転職の応募の際におくられてはきますが、さっと目を通すものの大して変わったことは書かれていないのであまり詳細に読んだこともないです。CFOとしてのジョブディスクリプションで小さな会社だとITや人事なども統括することがあるのでその部分が加わるくらいでしょうか?

 良く欧米の従業員はジョブディスクリプションに職務は明記されていてそれに書かれていない仕事はやらないなどと書かれていますが、それはやや誤解があります。少し説明します。欧米大手企業の社員は、大きくクラークと呼ばれる純粋かつ定型的な事務・アシスタントをやる人間とスタッフ部門のプロフェッショナルと呼ばれる専門職に別れています。例えば経理でも単純な仕訳の入力やチェックををやる人間はクラークですが、会社としてどのような会計処理方法を選択するかといったテクニカルな部分はプロフェッショナルの仕事となり明らかに分かれています

 クラークの場合は確かに仕事の内容が細かくジョブディスクリプション明記されているといえ、そこから逸脱した仕事はまずやりません。この人たちは就業時間内に決まった仕事だけをやる人たちです。プロフェッショナルも当然ジョブディスクリプションはありますが、よく見ると表現は抽象的で「他部署や経営陣と良いコミュニケーションをとって高いパーフォーマンスを発揮するチームを構築すること」などという事などが書いてあったりします。このレベルの人たちに重要なのは仕事内容の詳細よりも重要なのは「高いパーフォーマンスを発揮するチームを構築すること」のような、この仕事を通して何を達成しなければならないかなのです

4.ジョブディスクリプションにおける魂とは

 従って、自分の頭で考えて、当然上司等には相談しつつやる部分はあものの、全てをどんどん自分自身で推し進めていく自律的な働き方が求められます。そもそもプロフェッショナルな人たちは別にジョブディスクリプションがなくても自律的に動ける人たちなのです

 だからリモートになってジョブディスクリプションがないジョブ制を導入しないと・・・という議論はクラークレベルの人たちには当てはまりますが、本社のスタッフ部門にいる本来プロフェッショナルである人たちにはなじまないと思われます。プロフェッショナルな人たちは、ジョブディスクリプションの内容により何かしら部署の成果をあげ達成することが重要なので「スキマ仕事なので自分の仕事ではない」という発想はありません。成果を上げるために必要と思えばやりますし必要ないと思えばやらないわけです。

 プロフェッショナルな人たちにおいて、一人一人が自分の頭で考えて自律的に働くのがジョブディスクリプションにおける魂でこれが存在しない組織で機械的にジョブ制取り入れたら変わるかというとほぼ変わらないと思います。ジョブ制は魔法のつえではないのです。

 ジョブ制を取り入れること自体は無駄とは思いませんが、こういった働き方の発想を変えていかないと「仏作って魂入れず」という成果主義の二の舞になりそうな気がします。また「欧米流はダメだ」という企業が続出しないことを祈っています。

 

 

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