かんぽ生命の不適正販売問題で本当に考えなければいけないこと
2019.12.24 カテゴリ: 企業経営での留意点、経営戦略、経営理念。
目次
1.かんぽ生命不適正販売の概要
新聞等でも騒がれているのでおおむねその概要はご存知とは思いますが、この問題最初に少し整理してみたいと思います。この不適正販売とはかんぽ生命の募集において、2重に契約させる、不利な乗り換えを勧める、高齢者に不必要と思われるような商品を提供するなどの問題が生じたものです。12月18日特別調査委員会から報告書が出ました。その中で、販売優秀な職員(全体の1.4%)が違反疑い事例の4分の1を占めていることが書かれていました、加えて、かんぽ生命の販売に対して非常に厳しい目標や指導があり、窓口職員は所属組織や上司に迷惑をかけたくないという理由で不適切な販売に手を染めていました。渉外職員にとってはかなりの高額の販売インセンティブや営業手当が誘因だった様です。こういった事実を総合すると、いわゆる組織ぐるみで不適正販売が蔓延しており、かつ事例の7割が高齢者という、かんぽ生命の特に年配の方々の信用を逆手に取ったやり口にニュースなどでも厳しく取り上げられていました。
この問題は日本郵政の元総務事務次官である日本郵政の副社長とと現職事務次官の間での情報漏洩問題とかいろいろと飛び火はしていますが、ここでは私なりに整理した見方でポイントのみ述べたいと思います。いろいろと興味深いので特別調査委員会報告は企業統治、内部統制にご興味がある方は一読されても良いかと思われます。
そもそもこの問題を起こしたのは簡易保険の募集代理店である日本郵便㈱です。かんぽ生命は自社では個人顧客向けの販売網としてはほぼ日本郵便に頼っている状況です。会社の組織体系としては日本郵政㈱の子会社に日本郵便㈱、㈱かんぽ生命保険、㈱ゆうちょ銀行の3社があり。今回はこの兄弟会社である日本郵便㈱、㈱かんぽ生命保険の2社間で起こったことです。
私は、大きく見ると以下の3つの原因があるとみています。
1)日本郵政の子会社管理
2)かんぽ生命の委託先のコントロール
3)日本郵便の保険募集体制
2.日本郵政の子会社管理の問題点とかんぽ生命はなぜ日本郵政をコントロールできていなかったか?
この問題についておそらく日本郵政の経営陣は問題が大きくなるまでほぼ全く知らず、不祥事に関与したかんぽと日本郵便の経営陣は重要な問題だとは認識していなかったのではないかと想像されます。
ただ、そもそも個人相手のかんぽ保険の販売は日本郵便が独占的に行っているので一般的な保険会社と代理店の関係とは大きく異なります。一般的な保険会社と代理店の間でも強力な販売力を持つ代理店の力は相対的に強いですがが、それでも1社で保険会社の経営を左右するほどのシェアは持っていません。したがって、コンプライアンス問題などは保険会社側は強く言えます。
逆に言えば、ざっくりいうとかんぽ生命は「販売していただいている立場」で、そもそも仕組み的に日本郵便をコントロールできる仕組みになっていません。日本郵政の経営陣の責任とするとやや厳しい見方ではありますが、こういったリスクが高い体制を放置していたというのは経営陣のリスク感度の低さといえるでしょう。
もう一つとするとグループの企業文化の形成でしょう。日本郵便の企業理念を見てみます。「日本郵便は、全国津々浦々の郵便局と配達網等、その機能と資源を最大限に活用して、地域のニーズにあったサービスを安全、確実、迅速に提供し、人々の生活を生涯にわたって支援することで、触れ合いあふれる豊かな暮らしの実現に貢献します。」これを見ると少なくとも私は一般的な郵便事業、信書や小包の配達しか思い浮かびません。簡易保険の販売は大きな事業であるにも関わらず、この理念との関係は思い浮かびません。本来理念に違反する行為は例えどんなに素晴らしい業績を上げたとしても
一切報いないと宣言する企業があるくらい、本来は大切にするものです。コンプライアンス意識が高い企業は、きちんとした企業の理念を持ちそれを社員に浸透させています。
個人的な感想ですが、日本郵便は理念からしていい加減(たぶん主力のほとんどが郵便事業であった時はこれでよかったと思いますが)です。もともとの理念からして考えられていませんから、このような不祥事を起こす土壌はあったかと思われます。
3.日本郵便の保険募集体制の問題点
この問題を考えるにあたって一つの格言をみます。それは「多くの人は見たいと思う現実しか見ていない(ユリウス・カエサル)」という言葉で、これは至言だと思います。経営陣にとって相当覚悟を決めて取り組まないと不都合な真実は上がって来ないのは極めて自然です。なかなか経営陣に「見たいと思わない現実」を報告するのは勇気がいります。「なんでも遠慮なく話すように」程度の訓話では全然実現しません。
その点欧米グローバル企業などは勝とうと思うとルールを逸脱してもやろうという人間は必ず現れるという性悪説に従っているのでこのあたりの仕組みは冷徹にできています。欧米企業は非常にシビアでこういった不祥事に対する罰は本人に対しては懲戒解雇や損害賠償請求など厳罰体制なのに加え、黙認していた人間も含めて罰せられます。不都合なことでも上がってくるような仕組みをいろいろ考えているわけです。欧米グローバル企業の内部統制の構築の根本にはこういった考えがあるわけです。それからすると日本郵便の保険募集に対する内部統制とそれをチェックする内部監査は非常に脆弱だったと思います。
内部統制の構築にあたってまずリスクを認識する⇒リスクを軽減する手続きを導入する⇒手続きの運用が適正になされているかチェックする(内部監査)といった仕組みが必要です。もし、本来内部監査は「手続きの運用が適正になされているか」のチェックだけでなく、そもそも「手続き」がリスクをきちんと評価してそれを低減するような手続きであるか、その手続き自体の評価も必要です。監査用語ではリスクアプローチと呼びますが、そもそもこういったリスクアプローチに伴う監査手続きがなされておらず、単なる準拠性監査であり、書類の不備とかいった定められた事務手続きに準拠しているかどうかということしか行われていませんでした。要するに形式的な書類のチェックだけやっていたわけです。本当は保険募集にかかわるリスクを評価して、それを軽減する仕組みを作る必要があったし、内部監査ではそういった仕組みがあるかまで見なければいけなかったわけです。職人的監査人からすると「魂が全く入っていない」監査だったわけです。
そういった意味では募集品質指導専門役という「リスクを軽減する仕組み」はありました。この役職は保険募集に対して適正な募集をしているかの指導をする役職です。しかし、特別委員会報告では仕組みはあってもリスク軽減にはほとんどつながらなかったと断罪しています。例えば苦情の多い保険募集社員に対し指導したとしても、むしろ「優秀な成績を上げている人間に指導する権限んてあなたにない」と反論されてしまった例もありました。組織として、顧客から苦情があったとしても問題の原因の追究をしないですし、募集品質指導専門役はその権限もありませんでした。
そもそも生命保険は商品自体が一般の人、特に高齢者にとってわかりにくく、顧客にとって不利な商品が販売されるという固有のリスクがあることは広く知られていることです。民間の生命保険であれば、代理店の生命保険募集人の契約は必ず生命保険会社の社員が契約内容をチェックしています。多少形式的な面もありますが、コンプライアンス研修などは保険募集人は常に受講を義務付けられ、社員からもよくコンプライアンスについては言われます。しかし、かんぽ生命は日本郵政の生命保険募集人の契約の中身について、ほぼチェックしていないというずさんな状況でした。ただし、これは前述したような代理店である日本郵便との力関係があったかと思います。
4.天下りの問題
多少余談ですが、この問題の根本と天下りの問題を紐付け、総務省の役人が天下っているから様々な問題が起こるのだという意見があります。誤っているとまでは言えませんが、とりあえず根本原因であるとまでは言えないと思います。天下りの問題点は中央官庁の役職で自動的にいろいろな会社に天下るため本来の能力本位ではないことでしょう。
しかし、政府が日本郵政の株主である限り、政治家や官僚との付き合いに慣れている元官僚は必須であり、受入れること自体は自然だと思います。天下りを禁じるんだったら、政府が株を手放せといいたいです。
一方民営化により利益至上主義が生まれたと、郵政民営化を否定する方がいますが、民営化や天下り自体が問題ではなく中途半端な民営化が各方面に変に忖度する風通しの悪い組織を形作っているのではないかと感じます。民間企業でも利益至上主義でない社会に役立つ企業は幾らでもありますし、公的機関でも単なる利権の巣窟みたいなところもありますから。