なぜNTTは「10万人スカウト制度」に踏み切ったのか? ― それでも残る、グループ人事の「もう一つの車輪
2026.10.28

目次
1.「これがニュースなのか」という違和感
10月22日の日本経済新聞に、NTTがグループ会社間の異動を促す「スカウト制度」を導入するという記事が載りました。NTTデータグループ、ドコモ、NTT東日本・西日本など主要66社で共通システムを整備し、入社3年超の国内従業員約10万人を対象にするという大がかりなものです。
仕組みはこうです。社員が自分のスキルや経験、キャリアの志向を登録し、各社は匿名で表示される情報を見て欲しい人材に声をかける。面談して双方が合意すれば異動が成立します。会社をまたぐ場合は出向ではなく転籍、つまり元の会社には戻りません。狙いは次世代通信基盤IOWNなど戦略分野への人材集中と、1999年の分離・分割以来続く縦割りの解消だと報じられています。
正直に言うと、記事を読んだ私の最初の感想は「いまさら? え~これがニュースなの?」というものでした。私がかつて在籍したGEなどのグローバル企業では、約20年前の時点で、幹部候補がグループ内の複数の会社を経験するのは当たり前でした。異なる事業・異なる会社を渡り歩くことで、一つの会社の論理ではなくグループ全体の視点で判断できる経営者を育てる。それが人材育成の基本でした。
一般社員についても同じです。自ら手を挙げて他部門・他社に移る社内公募の仕組みは、当時から存在していました。NTTが社内公募を導入したのは2023年です。幹部育成でも一般社員の流動化でも、20年以上の遅れと言わざるを得ません。日本を代表するような優秀な人材が集まった巨大グループで、2026年になってもグループ会社間の人事交流がこの段階だったことに、驚きを覚えました。
2.手法も新しくはない、足りないのは「両輪」
もちろん、NTTでグループ会社間の異動がまったくなかったわけではないようです。記事によれば、一定数の異動はあったものの、各社の人事部同士が調整して決めていました。今回変わるのは、異動の「有無」ではなく「決め方」です。ここで、異動の決め方を三つの型に整理してみます。
一つ目は従来のNTT型で、各社の人事部が相対で調整します。この場合、件数は限られ、調整にもかなりの手間と時間がかかるのではないでしょうか。二つ目は今回のNTT型で、匿名のスカウトによって社内市場でマッチングします。各社の独立性を前提とし、移った社員は元の会社に戻りません。三つ目はかつてのGEなどグローバル企業型で、グループ(グローバル)人事が幹部候補の配置を一括して検討します。グループ全体を一つの会社として運営する発想です。
もっとも、GEにも二つ目の型、つまり社内の人材市場を通じて異動先を探す選択肢はありました。中央からの一括配置と社内市場という、二つの仕組みを併せ持っていたわけです。そう考えると、今回のNTTの制度は手法としても目新しいものではありません。二つ目の型をようやく整えた段階であり、三つ目の柱はまだ見えていない、というのが実態でしょう。
興味深いのは、GEなどでこうした社内市場の仕組みに関心を持つのは、ほとんどが将来の幹部候補生クラスだったことです。自らキャリアを切り開こうとする意欲の高い人ほど、社内市場を積極的に使う。裏を返せば、多くの社員にとっては、仕組みがあっても使うものではなかったということです。NTTの初年度の登録見込みが、対象10万人に対して数千件にとどまるのも、この経験からすると自然な数字に見えます。
だからこそ、市場型だけでは足らないと思います。市場型の仕組みは、意欲ある人材を掘り起こすには有効ですが、異動が成立するかどうかは本人と受け入れ側の合意次第です。IOWNのように、会社の命運をかけた戦略分野に必要な人材を必要な時期に集めるには、市場に任せるだけでは時間がかかります。戦略から逆算して「この人をこのポストに」と決める中央の仕組みと、意欲ある人が自ら動ける市場の仕組み。この両輪がそろってこそ、グループ横断の人材配置は本当の意味で機能します。(なお、NTTが幹部候補の育成をグループ横断で中央管理しているかどうかは、記事からは読み取れません。)
ただし、NTTには固有の事情があります。市場の独占を抑える規制があり、グループ再編には政府の許可が必要です。再編という正面突破が難しい中で、人事の仕組みから実質的な一体運営を進めようとしているのです。記事の見出しの「10万人」はあくまで対象者数として割り引いて読む必要がありますが、この記事のニュース性は、手法の目新しさではなく、規制下にある巨大グループがようやくこの段階にたどり着いた、という点にあると見るのが妥当でしょう。
3.大企業の管理職が読み取るべきこと
とはいえ、今回の取り組みを軽く見るつもりはありません。制約の中で人事から一体運営を進めるのは現実的な打ち手です。社外へ出ていく前に、グループ内で次の挑戦の場を示せる仕組みは、離職対策としても意味があります。そのうえで、大企業の管理職の方に考えていただきたいことが二つあります。
一つは、制度があることと、それが使われることは別問題だということです。転籍で戻れない、グループ内で処遇に差がある、上司に知られたくない。こうした不安が残る限り、優秀な人ほど登録をためらいます。制度を生かすも殺すも、現場の運用と管理職の姿勢次第です。日頃から部下のキャリアの志向を把握し、他社・他部門への挑戦を後押しできるか。部下を送り出したことが、管理職自身の評価としてきちんと認められるか。こうした運用の積み重ねがなければ、立派なシステムも使われないまま終わります。
もう一つは、「部下を囲い込む上司」の時代は終わりつつあるということです。グループ内に人材市場ができれば、部下は社内の他の職場からも見られる存在になります。しかも、こうした仕組みに登録するのは、将来の幹部候補となる意欲の高い部下です。手放したくない部下ほど、自ら市場に出て、外から声がかかります。そのとき引き留めの材料になるのは、肩書きではなく「この職場で成長できる」という実感でしょう。もし変に引き止めれば今の時代転職につながる可能性は大です
これはNTTに限った話ではありません。ご自身の会社に置き換えて考えてみてください。子会社や関連会社との間で、人材は戦略に沿って動いているでしょうか。それとも、各社の人事部が「うちの人間」を抱え込んだままでしょうか。グループの力を引き出せるかどうかは、資本関係や組織図ではなく、人がどれだけ自由に、かつ戦略的に動けるかで決まります。NTTの改革は、日本の大企業グループ全体に、その問いを突きつけているのだと思います。



