「形式を整えるだけ」で終わる会社と、「実質」に踏み込む会社 ── 2026年コード改訂が分ける道
2026.07.27
![]()
目次
1.「改訂案」から「確定」へ──形式対応の時代が終わる
2026年7月21日、金融庁と東京証券取引所は、パブリックコメントを経てコーポレートガバナンス・コード(2026年改訂版)を確定し、東証の上場規程改正も同日から施行されました。2021年以来5年ぶり、147もの個人・団体から意見が寄せられた末の改訂です。
私が社外取締役として取締役会に身を置きながら感じているのは、日本のコーポレートガバナンス改革が、いよいよ「体裁を整える段階」から「中身を問われる段階」へと移りつつある、ということです。
内容は思い切ったものといえます。これまで「基本原則・原則・補充原則」の三層で83項目あった構成のうち、補充原則は廃止され、コンプライ・オア・エクスプレインの対象は基本原則と原則の二層・30項目に絞られました。具体的な内容や趣旨は、対象外の「解釈指針」へと移されています。
項目が6割以上減ったのだから負担も減る、と読むのは早計です。新設された序文には、「原則に従う場合も従わない場合も、その理由を丁寧に説明することが投資家との建設的な対話に資する」と明記されました。正直今までコーポレートガバナンスコードを「チェックリスト埋め作業」に使っていたのは許されなくなったということです。そして、自社の言葉で説明できるかどうかが問われる構造に変わったのです。
実際、例えばこれまでのスキルマトリクス開示を振り返れば、なぜその項目を自社に必要と定義したのかまで語れている企業は2割ほどにすぎませんでした。またひどい会社は全項目に丸を付けている役員がいて、そんな人いないだろうと思っていました。いわゆる「日本企業あるある」の他社と横並びの体裁を整える対応が、これからは通用しにくくなります。
上場企業は、遅くとも来年にかけて、改訂コードを踏まえたコーポレートガバナンス報告書の提出を求められる見通しです。しかも、この改訂は「2026年7月版」として即日施行されており、すでに走り出した話です。私はこの改訂を、企業の自律性を信じたうえで覚悟を迫るものだと受け止めています。
2.改訂が求める「質」と、数字が語る効果
今回の改訂で、独立社外取締役については、経営の監督という役割・責務に加え、「質・数の確保」と独立性の重要性が原則と解釈指針の双方で強調されました。ここで「数」だけでなく「質」が併記された意味は、決して小さくないと思います。「員数合わせ」から一歩踏み込み、一人ひとりが何を果たしているのかに視線が移ったということです。
では、社外取締役の構成を変えることに本当に効果があるのか。CFOとして長く数字と向き合ってきた立場からは、ここが最も気になるところでした。近年公表された実証研究によると、独立社外取締役が取締役会の過半数を占めるにいたった企業では、その前後を境にROEが統計的に有意に上昇していました。注目したいのは、その中身です。
デュポン分解で要因を分けると、この改善は借入の拡大や一過性の自社株買いといった財務レバレッジ頼みではなく、売上高純利益率の改善と総資産回転率の向上によるものでした。前者は高付加価値化や不採算事業からの撤退、後者は政策保有株式の縮減や遊休資産の処分といった、実体的な経営判断の表れです。
振り返れば、バブル前の日本の大企業もROEは8%を超えていました。ただしその中身は、銀行借入に依存し、利幅の薄い製品を大量に売ることで支えられた薄利多売型です。低いマージンを、高い総資産回転率とレバレッジで補っていたにすぎません。このモデルはバブル崩壊と金融不況で崩れ、2001年度にはROEが一時マイナスにまで沈みました。
今回の改訂が、設備・研究開発・人的資本・知的財産といった成長投資や事業ポートフォリオの見直しについて「何を実行するのか」を説明し、適切な配分が実現されているかを不断に検証するよう求めているのも、同じ方向を向いています。手元の現預金をどう活かすのかも、当然その射程に入ります。
それでいて、プライム市場で社外取締役が過半数に達している企業は、いまなお4社に1社ほどにとどまります。伸びしろは、まさにこの「実質」の側に残されているといえるでしょう。
3.「頭数を揃える」段階から、質を問う段階へ
最後に、大手企業の経営に携わる皆さまと共有したい実感があります。ここ数年、社外取締役の候補者、とりわけ女性や外国人の方をめぐっては、企業間でかなりの争奪戦がありました。その顔ぶれを拝見して、まさに一騎当千と呼びたくなるような方々を、よくこれだけ外部から集めたものだと感嘆する企業がある一方で、3分の1、そして過半数へと水準が引き上げられるなかで、要件を満たす人材は限られ、まずは頭数と構成比を揃えることが優先された企業も多くありました。後者について質が担保されないまま進んだ、とまで言い切るつもりはありませんが、それに近い感覚を抱いたことは、正直に申し上げておきたいと思います。
揃えること自体を否定はしません。数がそろって初めてスタートラインに立てるのも事実です。だからこそ、これからの課題ははっきりしています。「とりあえず形式を整える」という発想が、どこまで「実質を問う」姿勢へと変わっていけるのか。今回の改訂は、その問いを企業側に投げ返したのだと思います。その一人ひとりが取締役会でどれだけ鋭い問いを立て、資本配分や事業ポートフォリオの意思決定を実際に変えられるかが、これからの評価軸になります。
実務面でも変化は具体的です。有価証券報告書を株主総会前に提出することが原則に加わり、解釈指針では総会日の3週間以上前の提出が最も望ましく、総会時期の後ろ倒しも含めて検討することが考えられる、とまで踏み込みました。社外取締役を支える取締役会事務局(コーポレートセクレタリー等)の機能強化も、解釈指針に明記されています。膨大な資料を直前に渡されるだけでは、どれほど優れた社外取締役でも実質的な議論はできないからです。相変わらず役所の縦割りで総会向けの事業報告と有価証券報告書と2重作成が解決しないのは頭が痛いことですが、ようやくここへ来て法制審議会で両者の一本化と監査の一元化が議論され始めており、今回の有報の総会前開示は、その一本化を実現するための前提でもあります。制度と実務が、ようやく同じ方向を向き始めたと感じています。
リスク管理についても、サイバーセキュリティや地政学要因によるサプライチェーンの途絶、技術情報の流出といった論点が新たに示されました。いずれも、社外の目が本当に機能しているかどうかで、議論の深さが変わってくる領域です。
金融庁は今回、取締役会の機能強化に向けた取組みの事例集も併せて公表しています。私がおすすめしたいのは、そうした他社事例を参考にしながら、自社のガバナンスを「揃えたかどうか」ではなく「機能しているかどうか」という一点で点検し直すことです。形式は、実質に向けた出発点にすぎないのですから。



